演劇脳を駆使して幸人くんに寄り添う4

    昨日も今日も、鼻がぐじゅぐじゅ

    花粉のせい

    息子の同様の症状なので「まだ、飛んでるのかなぁ・・・」と話を振って見たところ
    「気圧のせいかな」と息子

    アレルギーは疲労によって、より強い症状が出ますが、
    低気圧にも影響されるのかなぁ・・・。


    さて、そろそろ「夜中に犬に起こった奇妙な事件」の感想を完結させなければ・・・。

    ということで、最終回は駆け足で行きます。




    メタルカラーからベージュ

    幸人くんの成長のあかしの一つ

    それは、子犬(びっくりするほどお行儀が良くて、めちゃくちゃ可愛い)に
    「ベージュ」という名前を付けたこと。

    原作では、犬の名前は「サンディ」なので、
    私の独りよがり深読みなのかもしれませんが・・・。

    黄色と茶色が嫌いで、
    カレーに食紅を入れて、赤くして食べる幸人くん。

    赤とかメタルカラー(原作ではシルバーだったような・・・)なんて
    けっこう際立ってはっきりした色を好む幸人くんが
    なんだかぼんやりもわっとしたベージュですよ。

    ベージュって、どっちかって言うと黄色や茶色に近いんじゃない

    でも、「どっちかって言うとこっちに近い」なんて概念は幸人くんには無いのかな。
    やっぱり、私の思いすごしかな。



    舞台脳を刺激し続けられる快感

    「演劇脳」については記事にも書きました。
    蛇足になりそうですが、少し付け加えます。

    前述のシンプルな舞台装置に加えて、リズミカルな展開が刺激的。

    劇中劇という設定のため、常に舞台上に存在する人々
    これも、さまざまなことを考えさせられる。

    幸人くんが自分の世界に入り込んでいる時も、常に周囲には人がいる。
    そんな感覚でおもしろい。
    (役者さんは大変でしょうね。)



    ファンタジーとリアリティーのクロスオーバー

    これも、この作品の魅力

    表現方法はファンタジック(ナショナル・シアター版は電光版を駆使してよりファンタジックだったらしい)
    なのに、話はけっこうシビア

    このファンタジーとリアリティがうまい具合に絡みあって、
    独特の世界を作り上げています。

    どろどろした人間関係の中にあっても、
    幸人くんが宇宙のことについて語り始めると、なんだか救われる気がしたのは、私だけかな・・・。

    でも、実際自分がどど~んと落ち込んでると、あんな風に宇宙の話なんかされると
    お父さんのように「今日はかんべんしてくれ」と余計にイラッとする気持ちもわかります。



    第2.5者

    「演劇脳を駆使して幸人くんに寄り添う1」で
    大きめ効果音について
    「幸人くんが感じている音を、観客にも疑似体験させる為だと思われます。」
    と、書きました。

    私はこの作品を2回観ましたが、1回目と2回目では、この点についての感じ方が違いました。

    1回目は、「いつもこんな風に聞こえていたら、大変だろうな。しんどいだろうな。」
    という感想でした。
    これは、まだ「人ごと」感覚で、「第三者」です。

    2日目は、前回の観劇で慣れたこともあり、
    それが自分にとっては、「当たり前」に感じられるようになりました。
    「しんどい」状態がデフォルトになる感じですかね。
    幸人くんが静岡から西葛西へ向かう道中では、一緒に疲れました。
    しかし、乗り越えた時は達成感さえ感じました。
    これって、第三者から一歩幸人くんに近付けたのかも・・・。

    第2.5者くらいですかね。

    全く同じにはなれない。
    なれないけれど、
    自分とは違う誰かの気持ちに寄り添うことは大切だよね。

    そんなことを考えさせてくれる、すてきな作品でした。





    Date: 2014.05.09 Category: 夜中に犬に起こった奇妙な事件  Comments (2) Trackbacks (0)

    加筆しました。

    「演劇脳を駆使して幸人くんに寄り添う3」
    の記事に加筆しました。
    Date: 2014.05.07 Category: 夜中に犬に起こった奇妙な事件  Comments (0) Trackbacks (0)

    演劇脳を駆使して幸人くんに寄り添う3

    今回のテーマは

    親と支援者の違い

    前回の記事で
    「私は、母親と先生に感情移入して観ました。」
    と書きました。

    前回は母について言及したので、
    今回は瑛子先生について、書きます。

    演じている小島聖さんの体積が大きい(良い意味で・・・)ので、
    剛くんが15歳に見えやすかったと思います。

    絶妙なキャスティングです。

    ちょっとミステリアスな雰囲気を持っているところも
    瑛子先生の人物像に深みを持たせていました。

    瑛子先生は、幸人くんのような「生き辛さ」を抱えている子どもを導く「専門性」を持っている人です。
    しかし、「専門性」があるからと言って、すべてを理解している訳ではありません。
    幸人くんと接することで、常に新しい発見もしていきます。

    父が佐久間さんちの犬を殺した犯人だと知って、
    「一緒にはいられない」と感じた幸人くんは、家を出る決心をします。
    その時、いろいろな人に「うちに来ない?」と手を差し伸べられます。
    瑛子先生もその一人でしたが、その時幸人くんは、「家族じゃないから」と断ります。

    冒険を終えて、幸人くんが瑛子先生に「瑛子先生の家に行きたい」と申し出た時、
    瑛子先生は断ります。
    「私は、幸人くんのお母さんじゃないからよ。」と。

    これは、一見矛盾しているようですが、そうではありません。

    この変化の間には、幸人くんと瑛子先生
    双方の成長があるからです。


    冒険を通じて、幸人くんは
    「家族じゃない人の中にも、信頼に足る人が存在する」ことを知ります。

    その確信の上に立って、これまでの経験を振り返った時に、
    「それは、瑛子先生だ」と考える訳です。

    一方瑛子先生は、親切心と教師としての責任感で、一度は幸人くんを引き取ることを考えたものの、
    彼の冒険について、本と劇という追体験を通じて、決定的なことに気づくのです。

    支援者は側面から子と親に支援できても、その子の一生に責任は負えない・・・と。
    それは、親の役目だと。

    ラストシーンは、
    幸人くんの「それって、ぼくはなんでもできるってことだよね?」という問いかけに対して
    瑛子先生が何も答えず暗転となり、物語は終わります。

    原作はクリストファーの一人称物語なので、
    「そしてそれはぼくがなんでもできるという一つの証拠です。」
    で、終わっています。

    「一つの証拠です。」ってとこが、ミソなのですが。

    幸人くんの冒険は、彼の世界を広げ、自信を持たせた画期的な出来事ではありました。
    しかし、それは「なんでもできる」ことと=(イコール)ではありません。

    成長した幸人くんですが、彼が持っている「個性」は変わらず存在しています。
    したがって、これから大人になり、社会に出ていくにあたって、
    さまざまな困難にぶつかることは容易に想像できます。
    その事実を瑛子先生は知っているのです。

    だから「そうね、なんでもできるわね」と言う事はできないのです。

    しかし、それは幸人くんの冒険とそこでの彼の成長を否定しているのではありません。
    誰よりも幸人くんの成長を実感を持って感じているからこそ、
    彼に真摯に向き合わなければならない。

    それは、支援者の直感です。
    「親よりもシビアにならなければならない」という、使命感でもあります。




    5月7日加筆

    上記事に少し言葉足らずがあると思いましたので、
    付け加えます。


    「支援者は側面から子と親に支援できても、その子の一生に責任は負えない・・・と。
    それは、親の役目だと。」

    これは、親にすべての責任を負わせるべき
    という意味ではありません。

    どの子もすこやかに成長することを保障する責任は社会にあります。
    親が先に亡くなってしまう確率が高いわけですから、
    その後、その子が社会の中でどのように生きていくかは、大きな問題です。

    幸人くんの家族をとりまく社会の最前線の支援者としての瑛子先生の責任と
    幸人くんのお父さん、お母さんの責任とは
    責任の質が違う。

    ということを述べたかった訳です。

    これでも、言葉が足りないと思いますが、
    せっかく剛くんがこんなステキな作品に出演してくれたのですから、
    この機会にじっくり考えてみることも大事だなと思っております。




    Date: 2014.05.05 Category: 夜中に犬に起こった奇妙な事件  Comments (0) Trackbacks (0)

    演劇脳を駆使して幸人くんに寄り添う2

    >るるさま
    >GOままさま

    コメントありがとうございます。

    お二人とは、いつもおしゃべりさせていただいているので、
    お返事はそちらに代えさせていただきます。

    やっとGWにたどり着き、ほっとしています。
    ここ数日は、花粉飛散に苦しめられました。
    ことに3日は最悪でした。

    昨日と今日は少し楽です。
    そろそろ収束かな・・・収束して欲しい。

    4月の疲労を回復するために、まる2日かかりました。
    今日、ようやく「気力」らしきものが湧いて来ました。





    さて、「夜中に犬に起こった奇妙な事件」の感想を続けましょう。

    原作本を密林さんで注文したのに、いまだに届いていません。
    原作で予習することなく、舞台に臨みました。

    (現在、GOママに借りた原作を読んでいる最中
    GOママは町の本屋さんで注文したらしい。
    やはり、密林より町の本屋さんにシフトすべきか。)

    原作を読まなかったため、観る前の予備知識はフライヤーとオフィシャルサイトのみ。
    「ファンタジックなお話なのかな?」と勝手に想像していました。

    実際はさにあらず、かなりシビアな内容でした。

    主人公の幸人くんはその際立った個性ゆえ「生き辛さ」を抱えてはいますが、
    基本的にはブレない存在。

    幸人くんを取り巻く人々の方が、よりどろどろとした「悩み」を抱え、右往左往しています。

    「日本版を作る時、主人公の名前を「クリストファー」から「幸人」にした蓬莱さんの意図は何だろう?」
    と考えました。

    原作によると「クリストファー」という名前は、
    聖書にもとづく「聖クリストフォロス」から来ている旨が記されています。
    キリストを運んで川を渡った人に与えられた名前であることから、
    クリストファーはお母さんから
    「親切で思いやりのある行いの話」だから「良い名前ですよ。」と言われても
    クリストファーは
    「ぼくは自分の名前が、親切で思いやりのある行いの話という意味じゃない方がいい」
    「ぼくの名前は、ぼくをいいあらわすものがいい。」
    考えます。

    舞台では、幸人くんが自分の名前に言及する場面はありません。
    彼が自分の名前にどんな風に考えていたのか…
    興味があります。

    「幸人」は
    「幸せな人」の意味なのか?
    それとも「周囲に幸せを運んでくれる人」?
    はたまた「ほんとうの幸せを教えてくれる人」?
    なのでしょうか。

    答えは出ません。


    ロンドン(ナショナル・シアター)で初演された海外戯曲を
    静岡を舞台にした日本のお話に置き換えた蓬莱竜太さんの
    苦労がにじみ出ている脚色でした。

    新幹線とか地下鉄東西線とか
    使い慣れている交通機関が出て来ると
    状況がイメージしやすい。

    ロンドンバージョンでは、原作通り犬を殺した凶器は、
    庭仕事用のフォークでしたが、
    日本ではその道具はなじみが薄いので、
    「石で殴られた」
    ということになっていました。

    この舞台は、いろいろな立場に感情移入して観ることができます。

    私は、母親と先生に感情移入して観ました。

    一般的な見方をすれば
    幸人くんのお母さんは「ひどい母親」かもしれませんが、
    私は「ひどい」ところも「だめな」ところも含めて、理解できました。

    「あなたがもっと違う子だったら、
    私はもっと良い母親になれたかもしれない。」

    率直ですが、幸人くんにとっては、この上なく残酷な言葉。

    寅さんに
    「それをいっちゃぁ、おしめ~よ」と言われそうなことを
    手紙に書いてしまうお母さん。

    あまりに返事が来ないので
    「もしかしたら読んでないのかも・・・」という感覚があり、
    「だったら、本音を言ってしまおうかしら・・・」と思ったのか。

    手紙って・・・怖いですよね。

    母も人間。
    最初から母になれる訳ではなく、子どもを育てながら母としても成長していくもの。
    ことに、支援を必要とする子どもを持った場合、
    「自分が親になることの実感」が、よりつかみにくいのだと想像できます。

    子どもを抱きしめられないなんて、
    母としてこんなに辛いことはないですよ。

    「育てにくい子」の子育てに苦しんでいる母親はたくさんいます。
    頑張っているのに「あなたの育て方が悪い」と言われて、ますます追い詰められることもしばしば。

    幸人くんの両親の場合
    我慢強い父と、我慢強くない母
    の組み合わせでした。

    私はどちらも誤っていると思います。

    そもそも幸人くんを育てる上で、「我慢」を前提にしていることが二人の過ちです。

    そんな、「迷える親」の二人ですが、
    幸人くんの勇気ある冒険に突き動かされるように、父と母も前へ進んで行きます。

    そんな展開に、リアリティを感じました。


    Date: 2014.05.05 Category: 夜中に犬に起こった奇妙な事件  Comments (0) Trackbacks (0)

    演劇脳を駆使して幸人くんに寄り添う 1

    「夜中に犬に起こった奇妙な事件」

    この時期ゆえ、「1回が限界か・・・」とあきらめていましたが、
    1度観てしまうと、「どうしても今一度!」という湧き上がら気持ちに抗いきれず、
    当日券を何とかかんとか(ギリギリでした)ゲットし、2回観ることができました。

    15日(火)ソワレ 1階上手前方
    19日(土)ソワレ 3階下手1列目(視界の3分の1は観切れ)<当日券>

    15日は、Rさまのおかげで、表情が良く見える素晴らしい席でした。
    19日は、15日とは逆サイドでした。
    15日には死角になって観えなかったものも、しっかり観えました。
    俯瞰でしたので、冒頭の犬の姿や、幸人くんが組み立てる鉄道のおもちゃも観え、
    1枚の絵のようでした。

    しかし、いかんせん当日券の観切れ席。
    視界の3分の1は鉄柵で遮られ、時折身体を椅子に沈めて
    柵と柵の間から幸人くんを観なければなりませんでした。

    それでも、観ることができただけで、大満足です。



    演劇脳


    長塚圭史さん演出の「マクベス」
    WOWOWでの放送時

    番組に先立ってインタビューされていた長塚さんが使われた言葉が
    「演劇脳」

    これまで聞いたことがなかったワードなので、長塚さんの造語でしょうか。

    「演劇を観るには、演劇脳が必要」
    といった主旨で使われていました。

    「これだ!!!」
    と思いました。

    演劇を観る時、脳は独特の力を発揮しています。

    無駄なものがそぎ落とされたシンプルな舞台装置でも、そこが城の中に見えたり
    客席も巻き込んで広げた傘が、森に見えたり
    普通のサラリーマンのような衣装の人物でも、11世紀スコットランドの王や兵士に見えたり


    「想像力」を駆使しながら、
    補って、膨らませて・・・

    脳がものすごい勢いで、働いていることを、
    身体全体感じることができる時間。
    それが、舞台を観ている時です。

    脳の中で、電気が流れているような、ビリビリ感

    これが、たまらん。

    癖になる心地良さ。
    だから、舞台はやめられない。

    「夜中に犬に起こった奇妙な事件」も演劇脳を思う存分躍動させられる
    刺激的な作品です。


    幸人くんが書いた物語を劇にする。
    という設定のため、
    舞台装置は教室
    黒板と学校机と椅子
    主にドアの役割をする木の枠

    それらが、場面によって様々なものに変化します。

    ただの木の枠でも、家やスーパーや、新幹線のドアに見えます。
    椅子を組み合わせただけなのに、階段や、キャッシュディスペンサーになります。

    役者さんは、セリフが無いシーンもほぼすべて、袖にはけずに舞台上に存在しています。
    幸人くんを演じる剛くんは、出ずっぱりです。

    精神的にも肉体的にもハードでしょう。
    剛くんがげっそり痩せていたのも、うなずけます。

    効果音はかなり大きめ。
    ドアが開く音・閉じる音
    車の音
    電車の音

    時には、耳をふさぎたいほど大きい。

    これは、幸人くんが感じている音を、観客にも疑似体験させる為だと思われます。

    自閉症傾向がある方々は、「音」に敏感な方が多いようです。
    ガヤガヤとした雑踏も苦手。
    自分に必要な情報もそうでない情報も全ての情報が、同じレベルで入って来る。
    駅に行った時の、言葉が洪水のように押し寄せてくる表現は、それを表していたのだと思います。

    演劇脳を駆使して、想像力を働かせることで、
    幸人くんの気持ちに寄り添う

    これまで、私は自閉症やアスペルガーに関する本を数冊読んでいますが、
    その時、理論的に(頭で)理解したことが、
    この作品を観ることによって、心情的に(身体の感覚で)理解できました。


    追伸

    「夜中に犬に起こった奇妙な事件」の感想を書くにあたって、
    走り書きでメモした9つの項目のうち、1つについて書くだけで、
    こんなに長くなってしまいました。

    続きは、別の記事で・・・

    たぶん、続きます。
    Date: 2014.04.26 Category: 夜中に犬に起こった奇妙な事件  Comments (0) Trackbacks (0)
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    プロフィール

    ぽん

    Author:ぽん
    V6(ファンになって14年目)と
    ウルトラ(ファンになって49年)と
    ディズニーリゾート
    (足を運び始めて22年)
    様々なジャンルの舞台(はまって50年)から、
    日々の活力をもらっています。

    これらに共通するのは、「イマジネーションを喚起する一期一会の出会い」があることです。

    いくつになっても、自らのイマジネーションの泉を枯らさないために、ブログを書いています。

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